ミクシィコミュ:バドミントンダブルス部 より

私も一票書き込んでいるわけだが、「パートナーとの信頼」がずらっと並ぶ。
奇麗事が嫌いというわけでもないはずだが、一体ダブルスでの信頼とは何なのだろうか。

正直言うと私は信頼はまったくしていない、というわけではないが、実際のところ、信頼できるほどパートナーとダブルスの練習をしてはいない。社会人となれば固定ペアで行くほうが珍しいし、可能なのは実業団ぐらいではないだろうか。

では信頼できるほど練習しているペアといえば、それはほとんど学生ではないだろうか。ほとんど毎日顔を合わせるわけだし、練習量も多いだろう。つまりは、あの書き込みはきっと学生メインなのではないかとの推測が成り立つ。だが、ここで問題が出てくる。

「信頼できないから組めません」

という事はありえるのだろうか。信頼が一番であればその一番が欠けていた場合はどうなるのだろうか。ダブルスで顧問から組めと言われた場合は拒否するのか、信頼しないままダブルスをするのか、疑問である。

天邪鬼的に否定的な事を書いてしまったが、自身の経験から信頼はさほど必要ないと考えている。だいたい学生の頃は、少しでも強くなる為に練習をしていたわけで、このペアと頑張ろうと考えた事は一度も無い。もちろん一つの大会ではそうなるが、私はパートナーへの信頼が重要ではなく、このパートナーと勝つ為にという事を考えて試合をしていたように思う。

どうも信頼という言葉は、パートナーに頼る事をイメージさせられる。サービスを決めてくれるという信頼、レシーブをミスしないという信頼。もちろん考え違いなのかもしれないが、信頼してもパートナーは実力以上の事はできない。どうにもこうにも100%以上の事を期待することが、信頼という言葉に含まれているように思えてならない。

私のダブルスの考え方は、実はそこで書いたレスは

「楽をすること」

なのだが、それはまず、100%の実力を生かせるようにゲームを作る事が重要になる。単純に、スマッシュが速い選手でも、連続で打つことが苦手な選手もいれば、スマッシュ自体が嫌いな選手もいる。レシーブから攻めに回るのが好きな選手もいる。どんなに上手な選手でも下手な選手でも、得意な分野と苦手な分野は必ず存在し、それに対してフォローをしていく。それができればパートナーは気分よくプレーでき、結果的に「楽することができる」のだ。それは決して頼るのではなく、お互いがお互いを使い合ってダブルスが成り立っていくのだと思う。

最後に信頼の意味を検索してみた。
(名)スル
信じて頼ること。


頼って望んでばっかりじゃだめなんじゃない?