あなたは信じますか?








私は信じます。








なんて書くと誤解を招くだろう。私が信じるのはその効果であってそのものではない。
信じる事で救われるなら、念じることでいい方へ向かうなら、行くだけで力がもらえるなら、それはいい状態を得るのに有用と言える。

ここまで書けばわかると思うが、私はまったく信用はしていない。だが、信じられるならその効果は期待できる。

バドミントンでも、ゲン担ぎのウェアだったり小物だったりを身につけるだけで、それで集中力が得られるならそれは利用するべきだし、指導者の言葉にしても、大会では選手がいい方向へ向かえる言葉を、それがたとえ関係ない話でも、技術的にありえない話でも、選手の為にかけるべきである。

応援にしてもそうだ。選手が応援を望むなら応援するべきだし、逆に望まないのなら、それは応援するべきではない。声を掛けられて萎縮する選手もいれば気持ちが入りすぎる選手もいるかもしれない。気持ちのコントロールは自分以外にもチームでも考えなければいけないのかもしれない。





これには大きな問題がある。相手選手の応援には、少なからず対応しなければならない。自分のチームならいくらでも応援方法を変えることもできるが、相手チームに言うわけにはいかない。結局、それだけの自分の精神力をコントロールする力は身につけていかなければいけないのだろう。

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大会で100%に近い力をだせるような集中力、精神力、これは是非とも自分で身につけてもらいたい。コート上で神様は助けてくれないし誰も念じてはくれない。ましてや、自分の方にだけ力が降り注ぐ場所でもない。