基本過去の記事は読み返しません。勢いがなくなるし、面倒だし。





ちょうど前回のベイビーステップで気になる考え方があったところで、なんとなく読み返してしまったモンキーターンの最終巻あとがきコメントがとても気になったもので。

ベイビーステップでは主人公が日本トップランクの選手と、バドミントンでいうなら全日本総合の準決勝で戦っているとこ、と言ったところでしょうか。
試合中なので直接的ではありませんが、相手の門馬選手のいらつきは、主人公の「リスクを負った戦術」が「博打を打ってては戦えない」との考え方から。以前ギャンブルプレーについて書きましたが、リスクを考えてギリギリを狙う事よりも、自分の技術を磨いて、しっかりとギリギリに打ちこむ為に練習し、それを試合で使っていくという事ですかね。簡単に言えば、リスクを負った丸尾のプレーが、格上の門馬選手からはただの博打プレーにしか写らなかったということ。つまりは格の差がここで表わされています。

そしてモンキーターンの最終巻あとがき。作者と選手の対話が掲載されていました。

作者「今まで危なかった場面は?」
選手「危ないと思ったら自分ではいかない。いちかばちかなんてあやふやな判断ではレースしない。」

本当に命の危険があるボートレースの世界と、ネット越しに打ちあうスポーツの違いはあれども、ボートレースもプロ同士、そして生活がかかっているわけです。もちろんギリギリの勝負だって必ずあるはず。ここでいけば勝てるという場面も無いわけがありません。けれどこの選手は、そんな危険なレースはしない、と。
ここでもこの選手のレベルの高さがこう言わせているように思えます。事故等の危険なレースはしないということ、そして、そんな中で勝って、生活しているということは、それだけボートの操縦に自信があると言う事。この選手の技術の高さがギャンブルプレーの拒否、リスクの排除を可能としているのだと思います。

そういや頭文字Dにもあったなぁ。幅寄せされてびびった相手が「危ないじゃないか」って怒鳴るも、「何言ってんだ?余裕だろ?」って普通に言う場面が。

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ギャンブルプレーをどの程度を許容するかは考え方にもよりますが、技術を突き詰めることによって、そのプレーがリスクを負わない、博打にならないプレーに変わっていくのでしょう。五分五分の博打プレーの確率を少しずつ上げていき、最終的には100%ノーリスクなプレーにしてく、それが練習なんでしょうね。