男相手が楽でいい。。。



基本的には指導は歴史の授業。

平城京710年を覚える為に「なんとりっぱなへいじょうきょう」と覚えさせられた。
これがピンと来るか来ないかは別にして、友人が「なっとうたべたらへいじょうきょう」と言い出した。

なっとうを拒絶する必要は果たしてあるのだろうか?

一つの答えに結び付くのに、ルートはいくつあってもいい。

その答えとは、バドミントンでいう技術であって、戦略であって、勝利である。
指導者によってルートは違うが、勝利に向かっているという点では間違いなく同じである。


目標は同じだが、ルートで違いが出る場合もある。

今は1185年鎌倉幕府ということになっているが、1192年鎌倉幕府で突き進んでいる人もいる。現在の正解で進んだ方が、当然勝利には近づきやすい事にはなる。

では、1192年には何があったのか?鎌倉幕府はどうなっていたのか?それを確認しなければ、1192を否定する事はできない。

例えばウエスタングリップ主流からイースタングリップ主流になった変わり目があったとして、ではウエスタングリップはなぜ主流だったのか、これを理解してイースタングリップに移らなければ、過去のウエスタングリップを生かす事はできない。全否定をしてはいけないのである。
ちなみに現在、鎌倉幕府があったかどうかが怪しい、という説はもちろん無いが、イースタンウエスタンにすらこだわる必要が無いという意見もある。これについても、ウエスタングリップとイースタングリップのメリットデメリットを理解したうえで取り組むのと、最新の情報のみで進むのとではやはり違うのではないかと思う。

話を戻す。1192で指導を進ようとして、さらにそれが古い話と理解している場合、選手はどうしたらいいのだろうか。そこまでわかった上で、1192の存在の中から身になる部分を抜き出そうとしていければ、、、そこまで選手に求めるのは酷だろうか。
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但し、今後、やっぱり1192が正しかった、それがベストだったとなる可能性だってありえるかもしれない。やはり選手には一度受け入れる体勢で指導を受けて欲しい。そして、個人で選択していくことがスキルアップに繋がるはずである。

指導者は過去を学び、未来を見据えて指導しなければならない。これは選手も同じである。与えられる指導ではなく、自ら学ぶ姿勢で取り組むことで、未来を膨らませていく事ができるはずだ。